コラムno.1 スリランカ

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ゾウの孤児院へ2011年 Sri Lanka スリランカ

皆さんはスリランカと聞いて思い浮かぶのは何でしょう? Curryカレーか 紅茶でしょうか? 旧国名セイロンは紅茶の代名詞ですし、想像で思い浮かべると、甘いロイヤルミルクティーの香りが鼻をくすぐりませんか?
ほかに忘れてならないことといえば、2004年12月の「スマトラ沖地震」により引き起こされた「スリランカ大津波災害」は、記憶に新しいのではないでしょうか?スリランカでの大津波ではなんと46、000人もの人が帰らぬ人となったのです。また、この津波の時に奇跡的に助かった妊婦さんが出産をし、その子は「TSUNAMI」ちゃんと名づけられたそうです。被害にあわれた人々に対し、心よりお悔やみを申し上げます。

ゾウの孤児院

PIC_0466.JPG今回、私は獣医学的な研修目的でスリランカを訪問しました。当院では哺乳類のほかに爬虫類や両生類も多く診察しています。中でも私が特に好きなカメレオンがこの国に生息していますので、野生の状態にいるカメレオンを見ることができるかもしれません。
スリランカ国の簡単な説明をすると、セイロン島はインド洋北方の熱帯気候の国で、正式名称は「スリランカ民主社会主義共和国」という共産国家です。Sri Lanka とは国家言語のシンハラ語で「聖なる、輝く島」という意味になります。この国の起源は紀元前にさかのぼり、シンハラ人が王朝を作っていました。その後、16世紀にはポルトガル、次にオランダやイギリスに占領され、植民地となっていました。第二次大戦後の1948年に独立して現在に至り、人口2000万の80%ほどが仏教徒です。
私がこの国に興味を持ったのは、この国にあるゾウの孤児院です。スリランカゾウはインドのアジアゾウの亜種で基本的には同じアジアゾウで、進化の起源はアフリカゾウに端を発します。ゾウといえば私が小学生の頃に、島牧村の宮内(ぐうない)温泉で足の治療のため湯治をしていた「ゾウの花子」を見たことがあります。御存知の方もいらっしゃるでしょうか。花子はくる病にかかり起立不能で安楽死の運命にあったところを個人に救われ、歩けるように回復したのです。しかしその後に花子は数奇な運命をたどって、各地を転々とし最後は南米のパラグアイで余生を送ったとのことです。2007年に60歳で大往生した円山動物園の「花子」はまた別のゾウです。

私はゾウについて2005年カンボジアの野生動物センターにて、脚の病気や飼育法の研修を受けたことがありましたが、ゾウの繁殖や出産、新生児の育児については専門家から学びたいと思っていました。そこで、特にこの分野に重点を置いているということで、当地を訪れ指導を受けることを希望していました。
孤児院での受け入れは私人としてはできませんが、JICA隊員諸兄が骨を折ってくださったおかげでスムーズにいきました。
スリランカへ飛行機を乗り継ぎ、タイ経由で首都のコロンボに到着したのは 深夜の2時でした。インフラが十分整っていないので、ここからの移動が大変です。
PIC_0477.JPGゾウの孤児院までの道のりは遠く、コロンボからだと長距離バスで3~4時間の内陸都市であるKandyまで行き、そこからさらに30kmはなれたpinnawaraという奥地に車をチャーターして行かなくてはなりません。
孤児院ではDr. Chandana Rajapaksa 獣医師が歓迎してくれて、早速園内の説明をうけました。この孤児院には当時、広大な敷地に88頭の親と子ゾウが収容されていて、交通事故や病気などで治療を受けているゾウのほかに、地雷を踏んでしまい足先のないゾウ、親からはぐれた赤ちゃんゾウや、親が育児放棄した赤ちゃんゾウまた、出産をひかえ保護されている母ゾウなどがいます。院は国の管理下にありゾウはすべて保護されていますが、院内は観光客に解放されていて、入場料などが主な運営資金となっているとのことでした。職員は20数名で獣医師は現在一人。研修生がもう一人いるとのこと。ほかは飼育員ということです。日課は朝6時半から獣舎の清掃から始まります。そして日に二度、ゾウの群れを近くの川に連れて行って水浴をさせたり、赤ちゃんゾウにミルクを与えたり、大人のゾウの餌の準備があります。エサは個体によりスイカ、パイナップル、バナナ、リンゴや椰子の木などを与えます。大人のゾウは1日で100kg以上もエサを食べるので、餌の用意だけでも大変です。人工保育中の赤ちゃんゾウは、人工ミルクを2~3時間ごとに一日10リットル以上も飲みます。また、ゾウはとても寂しがり屋で飼育係は交替で一日中、付き添わないと赤ちゃんゾウは拒食症になってしまいます。ゾウの飼育はスキンシップがとても重要なのです。その後、個々の治療中の個体を診察して、詳しい育児法や出産についてのレクチャーをたくさん受けることができました。これでゾウのことが大分理解できました。
かわいい赤ちゃんゾウに会いたい方は是非行って来てください(笑
この孤児院から日本の動物園がゾウの寄贈を受けているそうです。

スリランカのゾウの孤児院住所;Elephant orphanage Pinnawara, Rambukkana Sri Lanka

スリランカの人たちのやさしさに

PIC_0489.JPGスリランカ国について日本人は忘れてはならないことがあります。それは日本が第二次世界大戦に負け、進駐軍の占領下にあったころのこと。戦争に負けた日本は戦勝国に対し、戦後賠償をしなければなりませんでした。戦争に負け、焼け野原のボロボロになった日本への、諸外国からの賠償金請求は1兆円を大きく超えるものだったのです。さらに共産圏側からは日本を分割して統治する意見まであったそうです。そして、サンフランシスコ対日講和会議にて賠償金の決定がなされました。その会議の中でスリランカの代表者は以下のように演説したのです。日本に対し「憎しみは憎しみをもって止まず、愛をもってのみ止む」。スリランカは日本への一切の賠償請求を放棄すると。日本は戦争中、当時イギリスの基地があった現在首都のコロンボなどを空爆し、学校に落ちた爆弾で数十人の子供が犠牲になったという話を、現地の人から聞きました。それにもかかわらず、その後初代の大統領となった代表は、演説の締めくくりに「多くのアジアの国が(欧米列強の)植民地に屈したが、自由を保った日本を尊敬する」とまで言ったのです。この言葉に追随してインド、ラオス、カンボジアも日本に賠償を求めなかったのです。スリランカの人々は今もとても日本人に優しい。日本人として生まれ、人類愛に満ちたこの歴史の事実は決して忘れるまいと思いました。

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